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統一家の混乱を克服する為の統全的理解(4)-1

統一家、世界に向かって飛翔しろ

お父様による証言
- 全羅道の輩が謀略の実体である - 1

<はじめに>

今まで私達はサタンに主管されてきた為、私達がサタンを捕縛し

神様の前にサタンを連れて行って訴えなければならないというのです

ところが今の世の中では、サタンがいることを知っていたとしても

サタンがどんな罪を犯したのか分からないのです

未だ神様の前に

「この罪を犯したサタンをあなたの全知全能なる権限を持って処断してください」

と訴えた人は一人もいませんでした

資料:み言選集53巻-88ページ 1972.2.10

サタンという語彙はただ単に抽象的な語彙なのか?

サタンは信仰生活において有用に使用される観念的で儀式的な語彙だけのものなのか?

それとも私達の生活の場において活動する存在なのか?

これは非常に微妙な質問である

統一教会の多くの指導者がこのような観点から非常に曖昧な立場にある

率直に言って私は、統一家の混乱にサタンが介入したという立場から

統一家の混乱を原理的に分析し
、検証した理性的な指導者を知らない

しかし、統一家の混乱を世間の人々と同じ立場、一般的かつ常識的な視角から照明し、分析する統一教会の指導者は多い

例えば、統一家の混乱を統一教会内部の指導者間の政治的力学関係から接近する

このような観点から接近する人は共通して、統一家の混乱を顯進様とお父様との葛藤として説明する

より稚拙な接近方法は、権力と経済的力学関係から接近する人である

このような観点から統一家の混乱を診断する人は

統一家の公的資産と権力掌握を中心とした子女様間の葛藤として恥部してしまう

原理のひとかけらも聞いたことのない世間の兄弟たちなら

これらのような平面的で一般的な接近方法を理解することはできる

しかし統一原理を聞き、それを生活の信条にしている人々が上記のように分析したならば

既に統一家人としてのアイデンティティを喪失した立場にある

お父様はいつもみ言を実際の状況として認識せず観念的に受け入れる祝福家庭の姿に対し

非常に残念に思われていた

観念的な信仰を指摘されながら

「そのような姿では絶対にみ旨の世界は皆さん前に決して成されることはない」

と語られた

もしも実際において、サタンの実在を抽象的であり儀礼的かつ慣習的な語彙として認識しているのであるなら

このような観点は被造世界にサタンが実体として存在することを否定するものである

統一家人として深刻な状態であるという意味だ


2015.5.2金容成会長ブログより


最後の決戦です

http://tomutomud3.hatenablog.com/entry/2016/04/05/110457